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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1185号 判決 1965年10月13日

原告 ローズ・マリー・ボスウエル

被告 ジエイムス・ウイルバー・ボスウエル・セニユア

主文

1、右当事者間の北米合衆国カリフオルニア州ヴニンチユラ郡カリフオルニア上級裁判所第三〇九四八号事件について、同裁判所が一九四七年四月一五日言渡した別紙記載の判決は、強制執行することができる。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

3、この判決は仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は一九四五年七月二九日北米合衆国ワシントン・デー・シーにおいて被告と婚姻し、一九四六年四月二三日両者間に長男ジエイムズ・ダヴリユー・ボスウエル・ジユニアが出生した。

二、しかるに被告は一九四六年一一月一三日北米合衆国カリフオルニア州ヴエンチユラ郡カリフオルニア上級裁判所に本件原告を相手方とする別居請求訴訟を提起したので、原告は同訴訟手続において反訴として被告に対し原告および長男の扶養料を請求したところ、同裁判所は一九四七年四月一五日別紙判決記載のとおり被告の本訴請求を棄却し、原告の反訴請求を認容する趣旨の判決(以下本件外国判決と称する。)をなし、右判決はカリフオルニア州法により法定控訴期間六〇日を経過した同年六月一四日確定した。

三、カリフオルニア民事訴訟法一九一五条によれば「その国の法律にしたがつて管轄権をもつ外国裁判所で行われた確定判決は、その国においてと同様の効力をもち、また当州で行われた確定判決と同様の効力をもつものとする。」旨規定し、カリフオルニア州は外国判決に対しその効力を承認している。

四、よつて右判決に基いて強制執行を許可する旨の執行判決を求める。

被告の抗弁に対し

一、そもそも執行判決訴訟はわが国においては当然に執行力を有しない外国判決に対して強制執行をなし得べき旨を宣言し、これに執行力を付与することを目的とするものであつて、その要件は当該判決が外国の確定判決であり、かつ民事訴訟法二〇〇条の要件を具備すれば足り、その他に実体上の請求の変更、消滅に関する事由をもつて抗弁となし得ないというべきであるから被告の抗弁は許されない。

二、かりに執行判決訴訟においても、右の如き実体上の請求の変更、消滅に関する抗弁が許されるとしても、右判決主文第五項は原告および未成年の子の制限住居違反を解除条件とするものである(以下同項を本件州外移転禁止条項と称する。)。かかる解除条件はわが国においては別居中の母子の生活を脅かし、住居の自由を不当に侵害するものであるから公序良俗に違反し無効である。北米合衆国カリフオルニア州法のもとにおいても、かかる条項は未成年者の権利および幸福を侵害するから当然無効であるとする確立された判例および成文法が存在する(シー対シー事件Shea V, Shea 一九五〇)。したがつて本件州外移転禁止条項は当然無効であるから右解除条件の有効を前提とする被告の抗弁は失当である。

三、かりに右主張が認められないとしても、そもそも州外移転禁止条項なるものは、未成年の子に対する監護権を与えられなかつた一方の親の訪問権を保証する規定である。本件において原告が未成年の子の監護権者に定められたのであるから、被告が訪問権を有するところ、被告は、原告母子がカリフオルニア州内に居る間に既に一九四八年一一月ころわが国に来て新生活をはじめたのみならず、子供は自分の子でないと公言している始末で、子に対する愛情を失い訪問権を行使する意図は最早全然なく、一方原告は義母から追い出されるようにしてカリフオルニア州を去らねばならなくなり、一九四九年一月自動車事故で負傷したため生計の途を失い、そのためマサチユーセツツ州の原告の父母の許に帰つたものであつて、これらの事情にかんがみれば被告は訪問権を放棄して行使の意思はなく、原告は子の幸福のため州外に移転したものとみるべきであるから原告がカリフオニア州外に住居を移転したことの故をもつて直ちに被告の扶養料支払義務が免除されるものではない。

四、たとえば原告が本件州外移転禁止条項の削除の申立をしなかつたとしても、右禁止条項は前述の如く訪問権の保証規定であるが、その究極の目的とするところは未成年の子の幸福を保証するものである。したがつて前項記載の事情のもとにおいては右禁止条項の削除の申立をしなかつたのはなんら違法でない。北米合衆国カリフオルニア州においても、例えびマクナブ対マクナブ事件(McNabb V, McNabb一九四一)においては、母親が禁止条項削除の申立をすることなく子を州外に連れ出したのであるが、裁判所は右行為は父親の訪問権妨害のためでなく、子の幸福のためであつて違法とはいえないと判断されている。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「1、原告の請求を棄却する。2、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の請求原因事実はすべて認めると述べ、抗弁として次のとおり述べた。

一、原告は本件外国判決に基く扶養料請求権を失つた。すなわち、本件州外移転禁止条項によれば、原告が一年間に三ヶ月以上未成年の子をカリフオルニア州以外に連れ出した場合には爾後原告および未成年の子の扶養料の支払を免除される旨定めている。しかるに原告は一九四九年一月一八日未成年の子を連れてカリフオルニア州を去り、爾来三ケ月以上にわたりカリフオルニア州外にあるから、右の定めにより被告は一九四九年一月一八日以降そうでないとしても、おそくとも同日より三ケ月を経た一九四九年四月一八日以降は右扶養料支払の義務はない。

二、たとえば右州外移転が原告にとつて何らかの理由があるものであつても、本件判決における州外移転禁止条項の削除の申立手続をしたのちでなければ扶養料請求をなし得ない筈である。しかるに原告は右申立をしなかつたのであるから、原告の本訴請求は違法である。

さらに原告の主張に対し

一、本件州外移転禁止条項は米国法上有効であるのみならず、わが国法上も有効である。

二、管轄権のある外国裁判所が宣言した外国判決主文の一部についてわが国の裁判所が無効なりと判断することは国際法上の礼譲の原則にも反する。

三、また、別居制度自体はわが国法上においては認められていないのであるから、別居を命ずる判決主文を前提として扶養料支払の義務免除の判決主文をわが国の公序良俗に違反して無効とするのは失当である。

と述べた。

証拠<省略>

理由

一、請求原因事実については当事者間に争いがない。

二、原告は、執行判決訴訟においては外国判決の既判力時点以後の実体請求権の変更、消滅に関する事由をもつて抗弁となし得ないと主張するが、執行判決訴訟はわが国において当然には執行力の承認されない外国判決について、その現在の執行力の有無を確認して執行力を付与する訴訟手続であると解するので、当該訴訟手続においては請求異議訴訟において提出できる事由をもつて抗弁となし得るものと解する。

三、そこでまず原告の主張について判断すると、

(一)  原告は、米国においても州外移転禁止条項は違法であるとする確定した判例があるので、本件州外移転禁止条項は無効であると主張し、シー対シー事件の判例を引用している。外国判決について国際信義則上濫りにその無効を云々すべきでないことはいうまでもないが、執行判決訴訟において執行力を付与すべき外国判決は当該外国においても有効たることが必要であり、その有効性については当審においても判断し得べきものと解し得られるところ、鑑定人小堀憲助の鑑定の結果によれば、シー対シー事件の法理は、これを正しく理解すれば、訪問権を担保するための本件州外移転禁止条項とは何も関係がなく、訪問権は原則として「子の幸福」の理念に奉仕する法的処置であり、これを担保することは「子の幸福」のため必要なことであり、したがつて裁判所は必要ある場合監護権者たる父または母に対して訪問権を保証するため子の州外移転を禁止して来たし、シー対シー事件以降においても、州最高裁判所および控訴裁判所はこの種の子の州外移転禁止条項を有効と判示していることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると州外移転禁止条項はカリフオルニア州においては有効であるとするのが確立した判例であると認められるので、原告の右主張は全く理由がなく失当というべきである。

(二)  原告はさらに、本件州外移転禁止条項は母子の住居を不当に制限するからわが国の公序良俗に違反して無効であると主張する。鑑定人小堀憲助の鑑定の結果によれば、カリフオルニア州裁判所は、子の扶養と監護に関する同州民法典一三八条の規定を解釈しながら判例法上の法理を確立している。すなわち州外移転禁止条項なるものはカリフオルニア州において、離婚または別居判決において未成年の子の監護権を与えられなかつた側の父母に対し認められた訪問権の保証条項であること、訪問権の究極の目的は未成年の子の幸福のためにあること、裁判所は子の幸福のために必要と認める場合は州外移転禁止条項を定めるものであること、その場合においても子の幸福のため右禁止条項の修正、削除の申立が許されていることが認められ、右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、州外移転禁止条項は本来未成年の子の幸福のために定められたものであり、かつ、子の幸福のための禁止条項の修正、削除の申立も認められているのであるから、右禁止条項をもつて母子の住居を不当に制限したものと解することはできない。してみると右禁止条項をもつて到底わが国の公序良俗に違反して無効なものとすることはできず、原告の右主張も採用できない。

四、つぎに被告の抗弁について判断する。

被告は、原告が一九四九年一月一八日未成年の子を連れてカリフオルニア州を去つて、一年に三ケ月以上同州外にあるから本件州外移転禁止条項に違反し、したがつて被告は扶養料の支払義務を免れたと主張する。北米合衆国カリフオルニア州公証人によつて作成されたことについては当事者間に争いがなく、したがつて真正な公文書と推定すべき甲第四号証、乙第二号証の二のエドナ・ジエー・ボスウエルの氏名が同人の自署によるものであることは被告本人尋問の結果により明かであるので、真正に成立したものと推定すべき同号証、当事者間に争いがない乙第三号証の二、被告本人の尋問の結果によれば、原告は一九四六年六月一一日以降昼間はカリフオルニア州ポート海軍基地で働き、夜間はギフト・シヨツプで働いていたこと、被告からは同年九月までの扶養料が支払われたが、同年一〇月被告がベンチユラを出てからは扶養料の支払がないこと、その頃から原告は病気になり仕事も出来ず心身ともに消耗が甚だしく、その上翌一九四九年一月一日夜原告の友人であるオリバー婦人の家を訪問すべく自家用車を運転中、急に目まいがして運転を誤り附近の石壁に衝突して負傷したこと、そのため右ポート海軍基地の仕事をやめ、家財道具や、原告の経営していたギフト・シヨツプを処分して医師の勧めに従い安静と療養のため、同年二月二日長男のジエイムス・ダヴリユー・ボスウエル・ジユニアとともにカリフオルニアを出発し、マサチユーセツツ州の原告の父母の許に赴き、爾来同州で居住していること、一方被告は一九四八年一一月わが国に来日し、以来わが国に居住し、その間日本女性と同棲して三人の子供をもうけたこと、被告は原告との間の子ジエイムス・ダヴリウー・ボスウエル・ジユニアを自分の子とは思つておらず、したがつて一度もこの子供を訪問したことはないこと、が認められる(右のように自分の子と思つておらず、子を訪問したことがないことは被告本人尋問の結果によつても明らかである)。もつとも被告本人尋問の結果によれば被告は、在米中扶養料を持参して原告方に赴いた際、子供に逢わせてくれるように申入れたことがあるが、原告は逢せてくれなかつた旨の供述もあるがこの供述があるからといつて子を訪問する意思で原告方を訪問したものであると認め得ないことは前に認定した事実に照らして、明らかであり、右認定に反する証拠はない。右認定事実によると、被告は原告らがカリフオルニア州を去る以前すでにわが国に来ており、子供に対しては愛情は全くなく、被告には子に対する訪問権を行使したこともまたその意思も全然ないものと考えられるのに対して、原告は病気のため仕事も出来ず、かつ自動車事故のため心身の消耗甚だしく療養せざるを得なくなり、一方被告からも扶養料の支払がなく、生計の途を失い、結局自己および未成年の子の生活を維持するためマサチユーセツツの父母の許に赴いたものであつて、被告の訪問権を妨害する意思で州外に移転したものでなく、子の幸福のため州外に移転せざるを得なかつたものと考えられる。そうすると州外移転禁止条項は前述のとおり未成年の子に対し監護権を与えられなかつた一方の親に対し、その親の訪問権を保証するためではあつてもそれは本来子の幸福のためのものであるという主目的の達成のためであつて州外移転を禁止することが却つて子の幸福に反する結果になるような本件の場合にあつては原告が一年に三ケ月以上にわたつてカリフオルニア州外に子供を連れ出したことは先に認定したとおりであり州外移転禁止条項の修正又は削除の手続を経なかつたとしても、被告は右事由を主張して扶養料の支払を免れることはできないものと謂うべく本件外国判決の趣旨もかく解するのが相当である。

なお右の判決がカリフオルニア州裁判所において支持されるであらうことはすでにマクナブ対マクナブ事件において一九四一年同州控訴裁判所が同旨の判断を示していることによつても明らかである。鑑定人小堀憲助の鑑定の結果によれば、マクナブ対マクナブ事件について同州第一審裁判所の確定した事実によれば、『一九三五年に原告(妻)は離婚判決を得た。当時二才の子の監護権は原告に与えられ、被告は子の扶養料として月四〇ドルを支払うべき旨定められ、訪問権、子の州外移転禁止条項が挿入された。ところが父はわずか三回しか訪問権を行使せず、扶養料の支払もとどこおりがちで、ついにはそれも支払わなくなるという有様であつた。原告の実家はワシントン州にあり、原告は子を扶養するためには働かなければならず、仕事中子の面倒を見てもらうために、実家にもどることが妥当と判断し、無断でワシントン州の実家に移転した。』ものである。これに対し右第一審裁判所は原告の被告に対する五ケ年間の扶養料および利息請求を認容する判決をなした。そこで被告は原告が子を州外に移転せしめたのは裁判所の命令に違反して違法であるとして控訴したところ、控訴審において、『子の州外移転禁止条項は、父の訪問権を保障するためであるが、本質においては、子の幸福のためのものであつて、この意味において、父に与えられた父の利益のための権利と考えてはならない。勿論、母が子を州外に移転する前に州裁判所で判決の変更の手続をとることが望しくはあつたが、しかし本件の事実の下において、父はすでに子に対する愛情を失つていたとみるべきものであり、かつ母が子を州外に移転せしめたのも、父の訪問権妨害のためでなく、子の幸福のためである。訪問権自体が子の幸福のためであり、父がこれを顧みなくなつている以上、母が子の幸福のため、州外移転禁止条項に違反したことは実質的に違法ということを得ない。』と判決していることが認められる。

五、結局被告の抗弁は理由がなく、原告の本訴請求はこれを正当として容認すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任 龍岡稔 上村多平)

(別紙)

一九四七年四月一五日登録

書記 エル・イー・ハロウウエル

代理書記 エス・デリア・リツギンズ

ヴエンチユラ郡カリフオルニア州上級裁判所に於て

ジエイムズ・ダブリユー・ボズウエル(原告)対ローズ・マリー・ボズウエル(被告)ローズ・マリー・ボズウエル(反訴原告)対ジエイムズ・ダブリユー・ボズウエル(反訴被告)第三〇九四八号 別居手当に対する判決

右件の訴訟は一九四七年四月二日陪審が明らかに放棄されたため、陪審無しにて裁判に附された。

バーナード・ジエイ・ロウマン氏は原告並に反訴被告の弁護士として、エドワード・ヘンダーソン氏は被告並に反訴原告の弁護士として出廷した。口頭、書面双方の証拠が提出された後、訴訟は判決に委ねられた。正式の事実認定と法律の結論の準備手続は放棄され、そして裁判所は慎重な審議の後に、原告の請求に対する被告の答弁の主張は凡て真実であること、右と矛盾する原告の申立の主張は凡て不真実であること、反訴原告の反訴請求の主張は凡て真実であること、右と矛盾する右反訴請求に対する反訴被告の答弁の主張は凡て不真実であること、を見出し、右決定に従つて判決を記録することを指示した。故に前記の法と認定の故に此処に左の如く命令する。

一、原告の本訴請求を棄却する。

二、反訴原告は茲に反訴被告と別居することを許可する。

三、前記件名訴訟当事者の未成年児ジエイムズ・ダブリユー・ボズウエル・ジユニアの保護監督を茲に反訴原告に与え、反訴被告は合理的なる時に於て右未成年児を訪問する権利を有するものとする。

四、茲に反訴被告は右未成年児と反訴原告自身の永久的保護と生活維持のため、一九四七年四月一日より反訴原告に対して月額六〇弗の金額、及び爾後更に裁判所の命令ある迄同額の金額を毎月一日に支払うことを指示する。

五、更に反訴原告が一ケ年間に三ケ月以上の期間に渉つて右未成年児をカリフオルニア州以外に連れ出さないことを命ずる。而して右反訴原告が一ケ年間に三ケ月以上の期間に渉つて右未成年児をカリフオルニア州以外に連れ出した場合は反訴被告は爾後に於て、更に裁判所の命令ある迄右反訴原告並に右未成年児の生活維持のために何等金額の支払を為すことを要求されないものとする。

一九四七年四月十五日右を作成した。

上級裁判所判事 エフ・ブラツクストツク(署名)

一九四七年四月十五日判決登録簿二八巻三三一頁に登録した。

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